2017
25
May

ポーランド

【殺人工場】アウシュビッツ強制収容所へ。

 

 

 

朝6:00に起きて、
パンをかじりながらバスターミナルへ。 クラクフから”その場所”まで70㎞。
バスに1時間半揺られて、僕はポーランドに来た理由の場所へ向かった。

 

 

 

 

通称:殺人工場
アウシュビッツ強制収容所。
学校の歴史の授業で、その存在を知った。
高校生の頃に映画ライフイズビューティフルを観て、その悲惨さを感じた。
そして、今。僕は実際の場所に立っている。

 

 

 

 

予約をしようとしたのが直前すぎて日本語のガイドさんを雇えなかったので、
日本語ガイドブックと自分で調べたこと、実際に行ってみて感じたことを書こうと思います。
みなさん、アウシュビッツ強制収容所ってご存知ですか?

 

 

 

第二次世界大戦中に、ヒトラー率いるナチ政権が国家をあげて推進した人種差別的な抑圧政策により、最大級の惨劇が生まれたとされる強制収容所である。(参照:Wikipedia)
第一時世界大戦で敗退したドイツの経済を回復させたヒトラー。そんなヒトラーが第二次世界大戦中に”ドイツ純血至上主義”を発表。民衆を味方にしていたヒトラーはプロパガンダを行って民衆を洗脳し、差別による主にユダヤ人をはじめとする大虐殺がはじまった。

 

 

 

 

ここで1940年~1945年の間に連れてこられた人の数は約130万人と言われています。その内の9割がユダヤ人。
他にはポーランド、ジプシー、エホバの証人、同性愛者、身体障害者…。

 

 

 

その内の生還者はたったの10%。
連れてこられた人のほとんどがこの場所で殺されました。そんなアウシュビッツ強制収容所見学のはじまり。

 

 

 

入場して、僕が最初に見たものは、
「働けば自由になれる」と書かれた門。
もちろん自由になれる訳ありません。
それを知ってか、これを作った人のせめてもの抵抗として、「B」が逆さまになっています。

 

 

 

 

「安住の地を与える」「ユダヤ人のために住む場所を新しく作った」
それを信じた多くのユダヤ人が荷物や全財産を持ってヨーロッパ各地から連れてこられました。
限界までぎゅうぎゅうに押し込まれるため、座れない人やトイレすらいけない人もいた。そんな車内の環境は最悪。
しかも、食料はなし。遠い場所からだと7日以上もかけて命からがら連れてこられた。


 

 

アウシュビッツに到着して、真っ先に行われるのが選別。
選別の内容は、
「過酷な強制労働」
「人体実験の検体」
「死」
この選別で、労働力と判断されなかった人(主に女性、子供、お年寄り、体の不自由な人)のほとんどが「死」と選別されます。
そして、この時点でここに来た8割の人が殺されます。

 

 

 

ただ、ここに来た人たちが選別の意味など教えてもらえるはずもなく、
「シャワーを浴びて体を綺麗にする」と言われ、シャワー室に案内されます。
でも、ここシャワー室じゃありません。
シャワーは付いてますが、ダミーです。

 

 

 

この部屋の天井を見ると小さな穴が空いてます。
ここからチクロンBという殺虫剤を投げ入れられます。チクロンBは猛毒の殺虫剤。これ1缶で150人もの人が殺せるらしいです。
でも、急に死ぬ訳じゃありません。死ぬまでに約20分もがき苦しみながら死ぬらしいです。壁には爪痕もあるんだとか。

 

 

 

 

そして、死んだ後は隣の部屋の焼却炉で死体を一気に詰め込んで燃やします。 この建物の煙突からは腐臭の煙がもくもくと出ていたそう。
シャワー室へ向かう人はこの先の運命を知っていたんじゃないかな…。

 

 

 

そして、「人体実験の検体」と選別された人には様々な実験が待っていました。目の中へ化学薬品を注入して瞳の色を変更する実験、人体の切断、肢体や性器の転換…。
様々な人体実験が行われたけど、どの実験も麻酔を使っていません。

 

 

 

 

1941年8月
収容所病院が患者で溢れかえったので、この治療室で数千人が殺されました。患者をこの部屋に案内して椅子に座らせると、心筋に注射の針を直に刺して数秒で殺したそう。

 

 

 

 

そして「労働力」になると選別された人…
まず、髪を刈られ、裸にされて、消毒液をかけられます。 そして、その日から名前ではなく、体に刺繍された番号で呼ばれるようになります。

 

 

 

 

朝から晩まで過酷な強制労働。
もちろん毎日まともな物も食べれず、働けなくなった人やミスをしてしまった人はその場で殺される。
毎日このような生活が続くので、3ヶ月と持たずに死んでしまうんだそう。

 

 

 

もちろん脱走は出来ず、周りには220Vの高圧電流が通った有刺鉄線。 触れると、感電死。
それを知って、自ら死に行く人もいたそう。

 

 

 

これは「死の壁」と言われている。
何千もの人がこの壁の前で銃殺された。
隣の建物から見えないとうに、窓には木の板がしっかりと打ち付けられている。

 

 

 

どんどんユダヤ人が連れてこられて、拡大していく収容所。この3段ベッド、1段につき5人寝ていたそう。

 

 

 

トイレも人数が増えたことによって、 新しく作ったのがこのトイレ。
一斉に1日2回だけ。しかも20秒までって決まってる。

 

 

 

この部屋の展示は撮影禁止だったんだけど、展示されてたものは7tもの大量の髪の毛。強制労働する人の刈った髪の毛はもちろん、最初の選別で「死」を選別されて、ガス室で殺された人の髪の毛も。

 

 

 

誰がガス室の死体から髪の毛を?ユダヤ人です。
ユダヤ人がユダヤ人の死体から金歯や髪の毛を取るように命令されます。金歯は金に。髪の毛はマットに。
そして、その後はさっきも言った通り焼却炉で燃やします。全ては、ドイツ兵の精神的なダメージを軽くするために。

 

 

 

 

全ては、この場所で実際に起きた出来事。
二度と繰り返してはいけない出来事。
僕は実際の地を踏み、目で見て、肌で感じた。恐ろしいけど、たった70年前に起きた出来事。

 

 

 


僕はガイドブック片手だったけど、
日本人ガイドの方がいらっしゃるそうなので、これから行かれる方は申し込むのをお勧めします。
気になったことや質問を聞ける人がいるのは本当に理解に差があると思う。
そして、ここに来た僕が出来ることは伝えること。

 

 

 


カンボジアのキリングフィールド、広島の原爆ドームもそうだけど、負の遺産が存在する理由は「その出来事を伝えるため」にある。忘れてはならない。人は同じ過ちを犯してしまうから。
伝えていかなきゃならない。この先もずっと。

 

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